「でも俺、美鶴からはチョコ貰ってねぇし」
「じゃあ、君は何も贈らないんだね?」
「なっ」
慌てて身を乗り出す。
駅舎に二人。美鶴は先ほど暖かい飲み物が欲しくなったとかで、出て行った。
「お前、ひょっとして美鶴からチョコ貰ったとか?」
「貰ってない」
その言葉に安堵する。また瑠駆真に何か出し抜かれたりしていたのかと、焦ったのだ。
「じゃあ、お前だって別に」
「そういうルールに縛られる人間だったなんて、正直ちょっと驚き」
聡の言葉を遮り、瑠駆真が瞳を細める。
「僕は、貰っていなくても渡すつもりだよ。だいたい、どうしてチョコをくれなかった相手にこちらから贈り物をしては駄目なんだ?」
「そ、それは」
だって、ホワイトデーってのは、バレンタインのお返しをするためのイベントだろう?
「貰ってなかったら、お返しのしようがねぇじゃん」
「男子だって、気持ちを伝えるチャンスぐらい貰っても、いいとは思うんだけれどね。女子からしか機会が無いだなんて、不公平だとは思わないか?」
聡はチロッと上目遣い。
「思う、かな?」
「だったら、チョコを貰ったかどうかなんて、関係無いだろう?」
「い、いや、ちょっと待て」
「何?」
「でも、そうなると、この場合、例えばチョコをくれなかった相手にホワイトデーで何かを渡した場合だなぁ」
「うん?」
「貰った女は、いつお返しをするんだ?」
「はぁ?」
呆れたようにため息をつく。
「何? 美鶴にお返しをセビろうっての?」
「ち、違うっ!」
顔を真っ赤にして机を叩く。ドンッと激しい音がして、美鶴が出しっぱなしにしたシャーペンが転がる。
「そうじゃねぇ。ただ、ホワイトデーってのはバレンタインのお返しをする日だって聞いてたから、毎年お返しはどうするんだとかって言われたりして、それで、欲しくもねぇのに貰って、しかもお返しの日まで設定されるなんて、それこそ不公平なシステムだなって毎年思ってたからよぉ」
そうだ。不公平だと言うのなら、そっちの方が不公平なのではないか?
「別にこっちは欲しくもねぇのに貰っちまって、そんでお返し要求されるなんて、不公平だとは思わねぇか?」
と、そこで聡はふと息を吸う。
「そうだ、お前はどうする?」
「は?」
「バレンタインのお返しだよ。お前だって、無理矢理ポケットに突っ込まれたりしたんだろ?」
「あぁ、まぁね」
こっそり鞄に入れられていたり、隙を見てポケットに押し込まれたり。ご丁寧にメッセージまで添えられている物もあったが、誰からなのか全く不明な物もある。
「どうするんだ?」
「返さないよ」
素っ気無く答える相手に、聡は目を見開く。
「お前、すげぇな」
「仕方ないだろ。僕は欲しいなどとは一言も言ってはいない」
「強気だな」
「最近、思うんだ」
呆気に取られる相手から視線を外し、窓の外の木枯らしを眺める。
「僕は、甘く見られているのではないかってね」
「甘く?」
「そ。どんな人にでも暖かく親切に応じてくれる、心優しい王子様、なんてね」
瑠駆真様、などと言いながら媚てくる女子生徒たち。
「助かった事実に変わりはありません」
自分に助けられたと言い張り、夜中に待ち伏せをしていた輩まで居た。
「君の義妹にまで、誤解をされているようだしね」
「え?」
「いや、何でもない」
言って、頬杖を付く。
あれは礼だと言っていた。ならば、お返しなどは当然必要も無いだろう。
「とにかく、確かに君の言うとおりだったのかもしれない」
「何が?」
「少々、周囲に良い顔をし過ぎたのかもしれないね」
「へぇ、王子様も方向転換ってワケか?」
「嫌味だね」
「構わないだろ?」
お互いサマだ。
「まぁもっとも、お前が意外にキツくて容赦のない人間だって事は、知ってるけどな」
「容赦のない?」
「秋にさ、廿楽って奴に喧嘩売っただろう?」
「あぁ」
瑠駆真はつまらなさそう。
「そういえばさ、あの廿楽って奴、卒業式には出てこなかったな」
「だね」
出たくとも出られなかったのだ。女子生徒No.1として君臨していながらあのような醜態を演じては、どの面をさげて出席すればよいものやらわからない。
「でもよ、卒業式の当日に学校には来てたって話だぜ。あ、そうだ、お前を呼び出したって話も流れてるみたいだな」
「あぁ」
「まさか、マジか?」
「珍しく真実が噂になったらしいな」
あっさりと認める瑠駆真に、聡は口笛を吹く。
「へー。で? 行ったワケ?」
「行く義理もないとは思ったが、行ってはみたよ」
「何で?」
「またくだらない画策でもされたらたまらないし、美鶴を陥れようなんて素振りを見せるんだったら、今度こそ立ち直れないようにしてやろうと思ってね」
聡は苦笑いしか出てこない。
瑠駆真のところへやってきたのは、現生徒会副会長だった。指定されたとおりに生徒会副会長室へ行くと、ズラッとテーブルの左右に並んだ女子生徒の中央に、廿楽華恩が座っていた。
「お久しぶりですわね」
以前ほどの威圧はないが、それでもできる限りの高圧的な口調で顎をあげる。思いのままに権力を振りかざしていた頃の自分に縋り付くその姿が滑稽で、小さな悪戯心が疼いた。
「卒業式には出なかったんですね」
途端、華恩の頬が紅潮する。
「あのような退屈な式に出席して時間を弄んでいる暇など無いだけですっ」
なにもそこまでわかりやすい反応を示さなくても。
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